最近戻った気がする(独白)

「最近変わったらしい」と書いてから1ヶ月経って、最近戻ってきた気がする。人に興味をもつ(ふりをする)ことができていないような。

毎日があまり楽しくない気もする。つらいわけでも、つまらないわけでもない(はずな)のだけど。

一応院生なので、専攻している哲学と、あと仕事の方にいろいろ集中させてるのかもしれない。

と言えば聞こえはいいけれど、そんなに集中してるか自分。

まあそのツッコミは置いておいて、ともかく最近は自分の殻に閉じこもっている感覚が、少し前の「変わった」と言われた時期よりも、なんだか強くなっている。


…というこの文章も、最近無理矢理更新してみた3つくらいのブログ記事も、読者である他者を意識していない感じがする。
意識の仕方がわからない。

とりあえず、「です・ます」で書いてみようかな。そうしたら、もう少し読み手を自然に意識できるかもしれない。

最近は暖かくなったり涼しくなったりしますね。風邪をひかないように注意しないといけないですね。

…何の話だ。読者を意識してみたけど、何にも話題が思いつかなかった。そういう時の気候の話題。ジョギングは相変わらず週一くらいで続けています*1。そして風邪をひかなくなりました。なので私は注意しません。

結局、自分の殻に閉じこもりそうになったので今日は断念。また再チャレンジしよう。

*1:おかげで体型だけは戻ってません。ピーク時よりもたぶん7、8キロ痩せました。

深夜の戯れ

別に言いたいことも書きたいことも伝えたいこともない。
リアクションペーパーをたくさん書ける人って何を書いてるんだろうって思っていたよ。
大学院生になってからは、少しは書けるようになった。
ひたすら論の弱いところを反駁していくという仕方で。
相変わらず感想なんてものはたいして書けないんだ。
何も感じない。何も想わない。
頭の中に、心の中に、何にもないわけじゃないんだろうけど、何にも出てこない。
何にも出てこない。
ということが出てきた。

…みたいな文章を適当に書いて、竹原ピストルの声で脳内再生すると、それっぽくなるような気がしないでもない、という遊び。

恐怖症

連休中に見た夢で、ひたすらに銃で狙われて怖い想いをするというのがあって、目が覚めてからもしばらく(寝ぼけている間は)狙われている感がして怖かった。自分には命を狙われるほどの価値もないと思い直して恐怖を克服したけど。

元来、自分は死ぬこと自体にはそこまでの恐怖を覚えなくて、死ぬ前に苦痛がありそうなのがとても嫌というのがメインなのだけど、銃は単なる苦痛の予期以上の怖さがある。

銃弾を心臓とかその他の臓器に撃ち込まれるのは、苦痛があるからとても嫌だけど、そのこと自体は恐怖という感じではあまりない。怖いのは、脳に撃ち込まれた場合。脳に撃ち込まれたらどうなるかはわからないけど、死ぬ間際にものすごくバグったような感じになるのではないかと思われて、それが怖いし気持ち悪い。

広い意味では死の恐怖に括られてしまうのかもしれないけど、やっぱりなんか別に怖いのは死とかじゃない。死の恐怖というよりは先端恐怖症みたいなもの、それに類するもののような気がする。強いて言えば、脳破壊恐怖症。怖くない?

またの名をa.k.a.

毎日がエブリデイ的な。

Twitterのユーザー名?で、ミュージシャンとかが「a.k.a.」を挟んで別名義を書いているのをたまに見かけるんだけど、このあいだ風呂で湯船に浸かっているときにふと、自分は知識として「a.k.a.」が何の略か知らないことに気づいた。そこで推理して当ててみようと思った。

aから始まる単語は多すぎる気がしたので、まずはkから始まる単語を考えてみた。kだから、日本語で言うカ行に近い発音から始まる単語かなと一瞬思ったのだけど、このときなんとなく直感で、カ行に近い発音で始まる頭文字がkの単語に、こういう略語で使われるものは無いんじゃないかと思い直した。
「こういう略語は中学で習うような簡単な英単語で構成されていることが多そうだし、カ行に近い発音だとkickとかkitchenとかkindくらいしか思いつかない」と明確に考えたわけではないのだけど、それを凝縮したような直感が舞い降りたのだった。

で、すぐに思いついたのがknowという単語だった。そしてそのとき、「動詞のままや現在分詞だとa.k.a.のknowの主語はa.k.a.の前に来る名義か最初のaのどちらかになりそうだけど、名義が別名義を知っているというような大意だとなんかおかしいし、最初のaが主語だとすると文法的におかしくなる可能性が高そう*1」という思考を凝縮したような直感が働いて、これは過去分詞のknownだなと思った。
そしてすぐさまknown asという表現を思い出した。「として知られている」という意味だから、k.a.はこれでほぼ確定だろうと。

じゃあ最初のaは何だろう。known asは最初のaの前に来る名義を後ろから修飾するから、文法的に邪魔にならないことを考えたら、最初のaは副詞だろうと。それでaで始まる副詞を少し考えて、別名義だから「としても知られている」ということでalsoかと思い至った。also known as。
文法的にalsoはこの位置でいいのかなと一瞬思ったけど、「として知られている」ではなく「として知られている」でも意味的には通るし、響きもknown also asよりいいし、略語としてもk.a.a.よりa.k.a.の方がなんかいい気がするので、そういう結論に落ち着いて満足した。

満足してそれで合っているかどうかを調べてなかったけど、さっき調べたら合ってたらしいのでよかった*2

*1:「文法的におかしくなる」ではなく「文法的におかしくなる可能性が高そう」という直感だったのは、「ひょっとして最初のaもasとかだったら文法的には大丈夫か? でもあんまりなさそうな気がするけど。しかしよく考えてみないとわからない。とはいえ可能性は低めだから、最初のaをasで検討する優先度は低いな」という思考を凝縮したような直感も同時に働いていたから。

*2:とりあえず結論は合ってたみたいだけど、推理の過程に誤りがないかどうかまではわからないのでご注意を。

最近変わったらしい。

自分語りになってしまって微妙なんだけど(まあ自分のブログだから別にいいと言えばいいのだけど)、最近変わったねみたいなことをたまに言われる。最近というのがどのくらいなのかは言う人によるのかもしれないが、たぶんここ数ヶ月から1年くらい。

自分で変わったのを自覚している部分と自覚していない部分があって、人から言われるところは割とそこまで自覚していない部分が多い。昨日は、人に興味をもつ(ふりをする)ようになった、と言われた。たしかにそうかもしれない。でもたぶんこれは変わったことの一例。最近聞いたことを総合すると、人当たりとか、内面だか意見だかの表現とかがどうやら変わったらしい。どう変わったのかは自分にはよくわからないけれど。変わる前の自分をそんなにはっきりとは覚えていないし。

ここ一年は、これまでより責任の重い仕事に就いたこともあって割と怒濤の一年だったので、そういうのがさまざまに影響しているのかもしれない。あるいは昨夏から始めたジョギングの影響か。違うか。