みんなが生きやすかったらいいのに

一つ前の記事では誕生のめでたさの話もしたけれど、自分は自分自身の誕生をめでたいとは思えていない。生きるのは大変だし、しばしば苦しくつらく寂しいから。まあ最近はマシになってきたかもしれない。大人になったのか。

だから社会問題の記事がタイムラインとかに流れてくると、みんなが生きやすい世の中だったらいいのになあと思って、関心をもって読むことが多い。特に近年はジェンダーとかLGBTとか。また最近だと身体的な性のこととか*1

たまたま男らしさ、女らしさの概念が肌に合わなかったり、たまたま性自認性的指向*2が少数派だったり、たまたま重い生理痛を抱えていたり(それでいて職場は男性ばかりとかだったり)*3、そういう「たまたま」で日々生きづらいとしたら、それはよくないなあと。ただでさえ生きるのは大変なのだから、そういうところでさらに大変なのは望ましくないと思う。

もちろん全員が生きやすいというのは困難だろうけど(生きづらさを生じさせる問題は上記のものだけじゃないし、海外の人も含めたらその理想は本当に途方もないし)、しかし自分の理解とか学びとかによって、あるいはここに書くこと、問題に関する記事をシェアすることによって、それで誰かの生きづらさが少しでも減るなら、減ることに少しでも寄与できるなら、それは幸いなことだなあと思う。

*1:貧困問題とかも気になるけど、そういうのは財源がどうのみたいな政策的な話をかなり考えないといけないので、ちゃんと考えるには少しハードルが高いかも。考えるべきなんだけど。

*2:簡潔に言えば、自分の性別をどう自覚しているかが性自認で、自分にとってどの性別の人が恋愛あるいは性愛の対象となるかが性的指向。…という説明がどのくらい正確かはわからないが。

*3:以下の記事を読みました。社会人3年目の私が、恐る恐る上司に「生理」について話してみた | 井土亜梨沙